ピッチドパドルミキサーによる混合のスケールアップのCFD解析その1では、混合のスケールアップで一般的な予測条件であるPV一定をご紹介し、スケールアップに伴い混合が容易に達成できる傾向がありました。
今回はPV一定において、混合が十分容易に達成できる場合に、有効な方法である「幾何学的相似条件」、「翼先端周速Vtipが変化しない回転数nに設定」、「単位処理量Vあたりの翼の吐出量qと撹拌時間timeの積が一定になるように撹拌時間timeを調整」によるスケールアップを「その2」として行い、「その1」と同様に50倍の容量の100 Lから5,000 Lの範囲についてCFD解析しました。
Vtip 一定 (n・d 一定), q・time / V 一定
V ∝ D3, P ∝ n3d5(乱流の場合) , q ∝ nd3
処理量V [L] | 100, 200, 500, 1000, 2000, 5000 |
容器径D [mm] | 550, 700, 950, 1200, 1500, 2000 |
翼径d [mm] | 165, 210, 285, 360, 450, 600 |
回転数n [rpm] | 231, 182, 134, 106, 85, 64 |
翼先端周速Vtip[m/s] | 2 |
処理液 | 1 Pa・s |
密度[kg/m3] | 1000 |
粒子マーカー | 質量体積なし |
粒子マーカー 開始タイミング | 流れ形成後 |
粒子マーカーについて、q・time/V一定すなわち回転回数一定で比較した結果を示します。下の回転回数10回の粒子マーカーの移動から、「その1」のPV一定と同様にスケールアップで流れが広範囲に広がり、1,000 Lから2,000 Lでフローパターンの変化も観察できます。
下の回転回数30回の粒子マーカーの移動から、スケールアップで粒子マーカーの未到達部がわずかに少なくなる傾向があることがわかります。これらのことから、「その1」のPV一定と同様に今回の混合のスケールアップでは、スケールアップに伴い混合が少し容易に達成できる傾向があると考えられ、翼先端周速Vtip一定でも十分混合できそうです。
次にその1のPV一定と同様に相似条件スケールアップにおいて一般的に用いられている、撹拌レイノルズ数Reに対する動力(系)数Npについて考察します。
Re = ρ・n・d2 / μ ρ:密度[kg/m3], n:回転数[r/s], d:翼径[m], μ:粘度[Pa・s]
Np = P / (ρ・n3・d5) P:動力[W], ρ:密度[kg/m3], n:回転数[r/s], d:翼径[m]
下の図は撹拌機の種類や条件によって傾向が少し異なりますが、基本的にレイノルズ数Reが1,000以上で動力(系)数Npが一定となり、レイノルズ数Reが20以下で動力(系)数Npが対数上で-1の傾きを示すというものです。今回の結果では「その1」のPV一定と同様に全て遷移域にあり、予測された通り、スケールアップに伴い少し動力(系)数Npが低下していることがわかります。レイノルズ数Reが慣性力と粘性力の比を示す数値であることから、スケールアップに伴いみかけの慣性力が少し増している、あるいは見かけの粘性力が少し低下していると解釈できます。粒子マーカーの観察においてスケールアップに伴い混合が容易に達成できる傾向が示されたのは、これが要因の一つであると考えられます。ただし、1,000 Lから2,000 Lでフローパターンが大きく変化していますがNpには有意差がありません。Npと混合性能に完全な相関はありませんので、フローパターンの変化については、その他の要因が考えられます。ちなみに、下図の曲線はPV一定スケールアップと重なりました。
スケールアップの注意点としては、翼先端周速Vtip一定スケールアップでは、撹拌時間timeがPV一定よりもさらに長くなるため、短時間で処理しなければならない材料には不向きです。また翼先端周速Vtipは一定ですが、経験的にせん断作用が少し弱くなることが知られています。そのため、品質への影響をスケールアップ前の実験で調査し考慮することが重要です。
timeL = timeS×nS / nL
今回の翼先端周速Vtip一定スケールアップはPV一定のスケールアップと比較して、撹拌機の動力を小さく抑えて生産量を増やしたい場合に有効です。100 L、16 Wから5,000 Lまでスケールアップした場合、PV一定では計算上580 W必要であるのに対し、翼先端周速Vtip一定では220 Wになるため低コスト化が期待できます。
最後に粒子マーカーの観察を動画にまとめたものを示します。
ピッチドパドルミキサーによる混合の翼先端周速Vtip一定スケールアップのCFD解析を「その2」として行いました。PV一定スケールアップの「その1」と比較して混合性に差がなく、どちらのスケールアップ条件でも可能であると考えられました。実際の現場では、どちらかの条件を基準にその間に設定することが多いようです。一方、混合性が悪く合格ラインぎりぎりの場合などでは、今回のようなフローパターンの変化によってスケールアップできない場合もございます。スケールアップの課題等ございましたら、ぜひ弊社へご相談いただければ幸いです。CFD解析では撹拌挙動を可視化することで直感的な理解が容易にできるメリットがある一方で、コンピュータによる架空のシミュレーションであることから、なんらかの妥当性検証が不可欠です。今回の例でも処理液のサンプリングなどにより検証が可能と考えられます。