ピッチドパドルミキサーによる混合のスケールアップのCFD解析 その1 P/V一定

ピッチドパドルミキサーは傾斜パドルミキサーとも呼ばれ、小型の手漕ぎボートで使われるようなパドルを45°傾斜させた形状をしています。回転方向の流れに加え、軸方向(上下方向)への流れがあり、低粘度から中粘度までの混合に利用されています。

撹拌機のスケールアップについて、工業的には幾何学的相似条件スケールアップがベースとなる考え方です。相似条件の撹拌機においては、基本的な調査、研究が進んでいることから、回転数n、翼径dによる撹拌への影響を、あるていど予測できます。ただし、相似条件が最も良い条件であるというわけではなく、予測がつきやすいというものです。混合や反応、分散、乳化などの撹拌の目的に応じて、それぞれのファクターを調整することでおおむね処理量Vが10倍まではスケールアップが容易です。

今回は乱流の混合のスケールアップで一般的な予測条件である「幾何学的相似条件」、「単位処理量Vあたりの撹拌動力Pが一定になるように回転数nを調整」、「単位処理量Vあたりの翼の吐出量qと撹拌時間timeの積が一定になるように撹拌時間timeを調整」によるスケールアップを「その1」として行い、50倍の容量の100 Lから5,000 Lの範囲についてCFD解析しました。

P / V 一定 (PV 一定), q・time / V 一定

VD3, Pn3d5(乱流の場合) , qnd3

処理量V [L]100, 200, 500, 1000, 2000, 5000
容器径D [mm]550, 700, 950, 1200, 1500, 2000
翼径d [mm]165, 210, 285, 360, 450, 600
回転数n [rpm]231, 197, 161, 138, 119, 89
翼先端周速Vtip[m/s]2, 2.17, 2.40, 2.60, 2.80, 3.07
処理液1 Pa・s
密度[kg/m3]1000
粒子マーカー質量体積なし
粒子マーカー
開始タイミング
流れ形成後

粒子マーカーについて、q・time/V一定すなわち回転回数一定で比較した結果を示します。下の回転回数10回の粒子マーカーの移動から、スケールアップで流れが広範囲に広がり、1,000 Lから2,000 Lでフローパターンの変化も観察できます。

下の回転回数30回の粒子マーカーの移動から、スケールアップで粒子マーカーの未到達部がわずかに少なくなる傾向があることがわかります。これらのことから、今回の混合のスケールアップでは、スケールアップに伴い混合が少し容易に達成できる傾向があると考えられます。

次に相似条件スケールアップにおいて一般的に用いられている、撹拌レイノルズ数Reに対する動力(系)数Npについて考察します。

Re = ρnd2 / μ  ρ:密度[kg/m3], n:回転数[r/s], d:翼径[m], μ:粘度[Pa・s]

Np = P / (ρn3d5) P:動力[W], ρ:密度[kg/m3], n:回転数[r/s], d:翼径[m]

下の図は撹拌機の種類や条件によって傾向が少し異なりますが、基本的にレイノルズ数Reが1,000以上で動力(系)数Npが一定となり、レイノルズ数Reが20以下で動力(系)数Npが対数上で-1の傾きを示すというものです。今回の結果では全て遷移域にあり、予測された通り、スケールアップに伴い少し動力(系)数Npが低下していることがわかります。レイノルズ数Reが慣性力と粘性力の比を示す数値であることから、スケールアップに伴いみかけの慣性力が少し増している、あるいは見かけの粘性力が少し低下していると解釈できます。粒子マーカーの観察においてスケールアップに伴い混合が容易に達成できる傾向が示されたのは、これが要因の一つであると考えられます。ただし、1,000 Lから2,000 Lでフローパターンが大きく変化していますがNpに差がありません。Npと混合性能に完全な相関はありませんので、フローパターンの変化については、その他の要因が考えられます。

スケールアップの注意点としては、PV一定スケールアップでは、撹拌時間が長くなり、翼先端周速Vtipが速くなるため、品質への影響をスケールアップ前の実験で調査し考慮することが重要です。

timeL = timeS×NS / NL , Vtip L = Vtip S×dL / dS × NL / NS

今回のケースでは実際のスケールアップにおいて、生産量を増やしたい場合や長時間による撹拌で品質低下する場合に、撹拌時間を計算よりも少し短くすることが可能であり、翼のせん断作用により品質低下する場合には、回転数nを計算よりも少し低下させることができると考えられます。

最後に粒子マーカーの観察を動画にまとめたものを示します。

ピッチドパドルミキサーによる混合のPV一定スケールアップのCFD解析を「その1」として行いました。「その2」では翼先端周速Vtip一定スケールアップについて解説します。スケールアップについては、式の導入が避けられず難解なところがありますが、スケールアップの流れについてはイメージできたと思います。今回はスケールアップに伴い混合が容易に達成できる傾向がありましたが、スケールダウンの場合は逆に混合が難しくなる場合があります。また撹拌時間や翼先端周速Vtipの変化による、品質への影響の確認も必要です。場合によっては幾何学的相似を変形させたほうが良い場合もあります。スケールアップの課題等ございましたら、ぜひ弊社へご相談いただければ幸いです。CFD解析では撹拌挙動を可視化することで直感的な理解が容易にできるメリットがある一方で、コンピュータによる架空のシミュレーションであることから、なんらかの妥当性検証が不可欠です。今回の例でも処理液のサンプリングなどにより検証が可能と考えられます。